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久しぶりに温かな食事を口にした時、身体がほぐれていく感覚を覚えているだろうか。阿部暁子による『カフネ』は、2025年本屋大賞を受賞した作品で、講談社から刊行されている。食べることを通じて心が救われていく物語は、多くの書店員を涙させ、「思う存分泣ける場所で読むことを推奨します」という声が寄せられるほど、読者の心に深く響いている。

主人公の野宮薫子は41歳、法務局に勤める国家公務員だ。不妊治療に何度も挑戦したが報われず、夫から突然離婚を告げられた。そして追い討ちをかけるように、溺愛していた弟・春彦が29歳の誕生日を祝ったばかりで急死する。酒浸りでゴミ屋敷同然の生活を送る薫子のもとに、弟が遺した遺言書が届く。そこには、元恋人にも財産を分けてほしいという願いが記されていた。
弟の元恋人・小野寺せつなは29歳。初対面で薫子は、無愛想で冷徹なせつなに憤りを感じる。しかし疲労がたたりその場で倒れた薫子を、せつなは家まで送り届けてくれた。そこで振る舞われたのは、それまでの彼女の態度からは想像もできなかった優しい手料理だった。久しぶりの温かな食事に、身体がほぐれていく。せつなから提案されたのは、彼女が勤める家事代行サービス会社「カフネ」の仕事を手伝わないかということだった。
「カフネ」とは、ポルトガル語で「頭を優しく撫でる」という意味だ。毎日の家事に溺れそうになっている人の助太刀をする会社で、せつなは料理担当、ボランティアの薫子は掃除担当として活動を始める。二人の家事代行が出会う人々の暮らしを整え、そして心を救っていく過程が、丁寧な筆致で描かれている。
著者・阿部暁子は岩手県出身、在住。2008年に『屋上ボーイズ』で第17回ロマン大賞を受賞してデビューした。本作『カフネ』は、第8回未来屋小説大賞、第1回あの本、読みました?大賞、そして2025年本屋大賞を受賞している。
書店員からは「何度も涙をぬぐい、何度も嗚咽を漏らし、その度にページにしおりを挟み、今自分の中でせりあがっている思いを丁寧に折りたたんで、また、続きを読んだ」「読んでいてずっと、母が毎日作ってくれた、素朴だけど愛のある手料理の数々を思い出していました」といった声が寄せられた。
物語には、弟の死の真相が優しくベールを除いていくように徐々に明かされていく。前半からしっかりと手がかりが示されており、読み返すとより味わい深い。最初は言葉が強めでぶつかってばかりだった薫子とせつなが、食べることを通じて距離を縮めていく様子は、まさにシスターフッドの物語だ。
どんなに困難な状況に陥っても、立ち直ることを諦めてはいけない。『カフネ』は、言葉を超えた救いが確かに存在することを、静かに、そして力強く教えてくれる一冊だ。「一緒に生きよう。あなたがいると、きっとおいしい」。そんな温かなメッセージが、心にそっと寄り添ってくれる。